増補・話芸きまり文句辞典

落語・講談によく出ることば(改装中)

【手当て】(てあて召捕ること。捕縛。逮捕。──【江戸語の辞典】(講談・清水次郎長「御用御用と追ってくるのは、おれ達をお手当にしようというのだろう」)

【手活の花】ていけのはな)美女を我物として、自由に愛玩するに喩う。──【諺語大辞典】(実録・籠釣瓶「寧(いつそ)身請して、手生の花とし給ふが宜しかるべし」)講談:西郷南洲、安中草三郎

【亭主関白の位(、嬶左衛門の尉)】(ていしゅかんぱくのくらい、かかあさえもんのじょう)一家において亭主が関白の位に相当するならば、主婦は左衛門の尉ほどにすぎないとしゃれていったもの。──【故事俗信ことわざ大辞典】(落語・子別れ「亭主関白の位あり」)

【亭主に寝顔見せるのは女の恥】ていしゅにねがおみせるのはおんなのはじ)編者注:「夫ニ素顔見セナ」女のたしなみをいう──【諺語大辞典】とあるが、これは少し違うように思う。(落語・猫久「亭主より先ィ起きるのなァ女の恥だよ」)落語:たらちね

【亭主の好きな赤烏帽子】ていしゅのすきなあかえぼし)主人の好む所は、たとい異様の物ずきなりとも、家族之を如何ともすべからざる意。──【諺語大辞典】 「毛吹草」に「す きに赤ゑぼし」とある。(落語・狂歌家主「亭主の好きな赤烏帽子、亭主の意に従つて居る者だ」)《い》落語:安産 講談:寛永三馬術清水次郎長宮本武蔵

【亭主持つなら按摩を持ちな、資本いらずのつかみ取り】ていしゅもつならあんまをもちな、もとでいらずのつかみどり)(講談・天保六花撰「亭主持つなら按摩を持ちな、資本(もとで)いらずのつかみ取り、というのを知らないかい」)

【貞女は両夫に見(まみ)えず】ていじょはりょうふにまみえず)貞操堅固な女は、夫を持ったら、離別・死別しても別の夫を持つことはしない。貞女は再婚しない。──【故事俗信ことわざ大辞典】 「毛吹草」にもある。(落語・袈裟御前「貞女両夫に見えず、女は定まる夫のある以上、たとえ命を取られても、他の男の云う事を肯く事は出来ない」落語:風呂敷、成田小僧、橋場の雪、薬違い、王子の幇間 講談:勝田新左衛門山中鹿之助

【泥中の蓮】でいちゅうのはちす)周囲の汚れに染まずして潔白を保つに喩う。──【諺語大辞典】 「毛吹草」に「どろのうちのはちす」とある。(落語・辰巳の辻占「所謂泥中の蓮、随分相当の身分の者が不幸にして賤業に身を沈める者もなきにしもあらずです」)講談:天明白浪〜八百蔵吉

【手負いに水は毒】ておいにみずはどく)(講語・清水次郎長「おたみ、水を出しちゃいけねえぞ、手負に水は一番毒だ」)講談:夕立勘五郎

【手書きあれども文書きなし】てがきあれどもふみかきなし)能書家はあり、能文家は少し。──【諺語大辞典】(落語・仙台高尾「『手書きあれども文書きなし』といいますが、なかなか筆跡(て)を美しく書くものはあっても文というものはこれァまた別でございまして」)落語:高尾

【できないといえばできないのが金、こしらえようと思えばできるのが金】できないといえばできないのがかね、こしらえようとおもえばできるのがかね)(講談・鼠小僧次郎吉「こうこう、できねえといえばできねえのが金、こしらえようと思やぁできるのが金」)

【出来ぬことを知ってするは匹夫の勇】できぬことをしってするのはひっぷのゆう)(講談・大久保彦左衛門「出來ぬ事を知つてするは匹夫の勇と言つて、眞の武士のすべき事ではない」)

【できるというも金、できないというも金】できるというもかね、できないというもかね)(講談・鼠小僧次郎吉「小春が江戸へ帰って、きっとお金をこしらえて来ますから、できるというも金、できないというも金、なんです、二百や三百両の端金を……」)

【敵を欺くにはまず味方から】てきをあざむくにはまずみかたから) 「敵を計るには味方を計れ」(講談・新吉原百人斬り)とも。(講談・相馬大作「よしッ、敵を欺くにはまず味方からということがある」)講談:赤穂義士本伝

【弟子は師の半芸に至らず】でしはしのはんげいにいたらず)「弟子は師匠の半減」弟子は師に如かず。──【諺語大辞典】 「~半言に至らず」とも。(落語・武助馬「デモ弟子は師の半芸に到らずといいますから」)落語:武助馬 講談:伊賀の水月、荒木又右衛門、笹野名槍伝、田宮坊太郎、寛永御前試合

【弟子を見ること師に如かず】でしをみることしにしかず)弟子の能力・人物を知っているという点で、その師に及ぶ者はいない。(講談・寛政力士伝「イヤ弟子を見ること師に如かずといふことがある」)

 
【出過ぎて良いのは鋳掛屋の天秤ばかり】ですぎてよいのはいかけやのてんびんばかり)「鋳掛屋ノ天秤棒」先ガ長イ、又は出過ギタリという謎。──【諺語大辞典】  鍋・釜の穴ふさぎの商売は、ふいごを持ち歩いており、天秤棒が普通よりも長く(一尺五寸長い七尺五寸)、荷の先に棒の先が出ていた。このため出しゃばりな 者を「鋳掛屋の天秤棒」という。この場合は出しゃばりを戒めた表現。(講談・清水次郎長「成程ぢやアねえ、出過ぎて宜いのは鋳掛屋の天秤ばかりだ」)講談:安政三組盃
 
手銭】(てせん)←と参照した速記にあるが、本当は「手煎」で、自分で茶を煎じること。また、人を使わず何から何まで自分で行うこと。自腹。(落語・船徳「たまには手銭で一ぺえやりてえとおもってね」)
 
【テッコに負えねえ】てっこにおえねえ)「梃子に負えぬ」始末におえない。手におえない。てこにおえぬ。──【故事俗信ことわざ大辞典】(落語・一つ穴「だんなさま、途中で消えちまってテッコに負えねえのゥ」)落語:真景累ヶ淵

【手取り】てとり・てどり)【意味】その道の練達者。ベテラン。(相撲の名手の意も)。──【江戸語の辞典】(落語・品川心中「手前は品川のお染に首ッたけだッてえが、いけねえぞ、あいつァ手取りなんだから」)

【手鍋を提げる】てなべをさげる)僕婢もなき寒素なる生活をいう。──【諺語大辞典】(講談・因幡小僧「マア手鍋提げてもといふやうな粋な仲なんだな」)浪曲:正宗孝子伝

【手習は坂に車を押すごとく、油断をすれば後へ戻るぞ】てならいはさかにくるまをおすごとく、ゆだんをすればあとへもどるぞ) 「手習は坂に車を押す如し」学問は、少し油断をするとすぐもとの段階へもどってしまうということのたとえ。──【故事俗信ことわざ大辞典】永井直勝教訓歌「奉公は車を坂に押す如し、油断をすればあとへしりぞく」が元歌らしい。「世の中は~」とも。(落語・蚊いくさ「昔から、手習は坂に車を押す如く、油断をすればあとへ戻るぞ。コリヤ手習ばかりではない。何芸でも同じ事ぢや」)

【手に取るなやはり野に置け蓮華草】てにとるなやはりのにおけれんげそう)蓮華草は野に咲いていてこそ美しいのだから、摘み取らないでほしい。本来あるべき所で鑑賞すべきだ。──【故事俗信ことわざ大辞典】  遊女を身請けしようとした友人を戒めた滝瓢水(たきのひょうすい)の句。(落語・今戸の狐「わる口に『手にとるな、やはり野におけ蓮華草』といいますが、どうしてなかなか稼ぎ女でございまして」)落語:鰍沢、子別れ、さら屋、札所の霊験 講談:小金井小次郎

【手に取れそうで取れぬ水の月】てにとれそうでとれぬみずのつき)「水の月」水面にうつる月影。目には見えるけれども、手に取ることができないものをたとえていう。「陽炎稲妻〜」。──【故事俗信ことわざ大辞典】(講談・金田屋お蘭「手に取れさうで取れぬ水の月、落ちさうで落ちないのが、自烈たくつて堪りません」)

【手の温かい人は実がある】てのあたたかいひとはじつがある)(落語・義太夫がたり「温かさうな名だね。手の温かい人は実があるといふが、お前さんは名からして温かいから必と実があるよ」=転宅)

【掌を返したように】てのひらをかえしたように)「手の裏を返す」またたく間に一変するさまのたとえ。掌を返す。または露骨に態度が変わるさまのたとえ。(講談・越後伝吉「掌を返したように、打って変った物のいいよう素振り」)

【手の舞い足の踏むところを忘れて(知らず・覚えず)】(てのまいあしのふむところをわすれて)喜悦の情に堪えずして、覚えず舞踏するに至ること。──【諺語大辞典】 「礼記」より。(講談・寛永三馬術「上を下へと手の舞ひ足の踏む所を知らず、町人百姓に至るまでも御地頭に御目出度い事があるといふので」)講談:安政三組盃、玉川上水の由来、大名花屋、三家三勇士、岩見重太郎、山中鹿之助西郷南洲、本所五人男、難波戦記冬合戦

【手は見せぬ】てはみせぬ)抜く手も見せず、直ちに斬ってすつべしとの意。──【諺語大辞典】(落語・たが屋「無礼なことを申すと、手は見せんぞ」)講談:寛永御前試合

【手振り編笠】てぶりあみがさ)編笠のみの無一物となること。──【諺語大辞典】(講談・祐天吉松「何しろその始末ですから、手ふり編笠箸一本持たない乞食同様」)落語:穴泥、塩原多助一代記 講談:安中草三郎、大岡政談お花友次郎

【出物腫物ところ嫌わず】でものはれものところきらわず)「〜時知ラズ」ともいう。放屁の弁解に用いらる。──【諺語大辞典】、屁や腫れ物は、場所や場合に関係なく、出たい時に出る。──【故事俗信ことわざ大辞典】(落語・居酒屋「無理なことァねえ。出物、腫物ということがあらあ。小便が出たくなったのを無理ということがあるけえ」)落語:居酒屋、高田の馬場、本能寺=鍋草履

【手盛り八杯】てもりはちはい)人の給仕を待たず、自ら盛りて多く食うこと。──【諺語大辞典】(落語・湯屋番「手盛り八杯なんてえことをいうが」)講談:大岡政談お花友次郎

【出る杭は打たれる(喬木は風に妬まれる)】(でるくいはうたれる)出過ぎたるものは禍にあうこと、すぐれたる者は人に嫉まるゝことなどに喩う。──【諺語大辞典】(講談・藤原銀次郎「でも出る釘は打たれるたとえ。あなたのお心が清くさえあれば……」)《い》講談:笹野名槍伝、相馬大作、岩見重太郎

【出るも引くもない】でるもひくもない)(落語・子別れ「酔ってしたことだ、出るも引くもありゃアしない」)

【手六十】てろくじゅう)手跡は六十歳まで上達す。「算用十八手六十」ともいう。──【諺語大辞典】(講談・玉菊燈籠「お前は少し年を老つて居るが辛抱しろ譬へにも手六十といふ位ゐ人間は六十が過ぎて手習ひを初めるといふことさへある」)

【田楽の串で小判の封を切り】でんがくのくしでこばんのふうをきり)(落語・五人廻し「田楽でのんで、いい心持になると、すぐそばが吉原だから、行こうッて気になる。田楽のくしで小判の封を切り……という川柳がある」)

【天下泰平、国家安穏、五穀豊穣、ドドンガ、ドガドガ】てんかたいへい、こっかあんのん、ごこくほうじょう、どどんが、どがどが)(落語・花筏「やぐらの太鼓が、天下太平、国家安穏、五穀豊穣、ドドンガ、ドガドガと響き渡りますと」)講談:阿武松緑之助

天下は麻のごとくに乱れる】(てんかはあさのごとくにみだれる)「麻の如く」麻糸がもつれて乱れるように、国や世が大いに乱れるようす。──【故事俗信ことわざざ大辞典】(講談・寛永三馬術「万一秀頼の世となれば再び元亀天正の昔をくりかえし、天下は麻のごとく乱れます」、太閤記「今や天下は麻の如く乱れ」)

【天下は天下の人の天下なり】てんかはてんかのひとのてんかなり)「天下は天下の天下、一人の天下に非ず」天下国家は国民全体のものであって、君主や権力者が自分一人の思うがままにすべきものではない。──【故事俗信ことわざ大辞典】 従って以下の用例とはやや意味が違うか。(講談・寛永三馬術天下は天下の人の天下なり、秀頼が今少し世の中に知られたる智惠者とでも云ふなら、或は一旦豊臣の天下に復するも宜しうござるが」)

【天から降ったか地から湧いたか】てんからふったかちからわいたか)いで来りし所の知れざるを怪しみ訝る語。──【諺語大辞典】(講談・梁川庄八「コレ何だ貴様は……天から降つたか地から湧いたか、餘計な處へ飛出して、何で女を逃した」)講談:国定忠治、猿飛佐助、太閤記

【天機洩らすべからず】てんきもらすべからず)「天機ヲ泄ラス」天の機密を泄らす義、転じて秘密をもらす意に用う。(講談・伊達誠忠録「夫は存ぜぬ。存じたにしろ、恁様な事は御女中方には天機洩すべからずで御座る」)

【天狗は芸の行き止まり】てんぐはげいのゆきどまり)「自慢は知恵の行き止まり」自慢するようになると、もはや知恵は進まない。──【故事俗信ことわざ大辞典】、「高慢ハ出世ノユキドマリ」驕る者は現在の位地以上に上る見込なし──【諺語大辞典】「慢心は芸の行き止まり」とも。(講談・由井正雪「名もなき武藝者に打たれるやうでは、まだ武藝者として立つことは出來ぬ、天狗は藝の行止り」)講談:名人小団次、慶安太平記、寛永御前試合

【天莫空勾踐時非無范蠡】てんこうせんをむなしうするなかれ、ときにはんれいなきにしもあらず)天は勾践をけっして 見放すようなことはしない、必ず范蠡のような忠臣が現われて助けてくれる。日本の南北朝時代南朝の忠臣児島高徳が、隠岐へ流される後醍醐天皇に奉るた め、院の庄(岡山県津山市)の行在所の桜の幹にひそかに書き記したという、中国の故事にもとづく詩句。──【故事俗信ことわざ大辞典】(講談・小金井小次郎「迚も忍入ることが出來ねえで櫻の木を削つて『天莫空勾踐時非無范蠡』と五言絶句を書いて引上げた」)

天竺浪人てんじくろうにん)(「逐電浪人」の倒語という)住所不定の流浪人。風来坊。ルンペン。──【江戸語の辞典】(落語・難題話「とうどう塩谷浪人も天竺浪人になつたナ」)落語:素人相撲 講談:小金井小次郎

【天知る地知る】てんしるちしる)「天知る地知る我知る人知る」誰も知るまいと思っても天地神明が知っており、私も あなたもそれを知っている。知るまいと思われることでも必ず誰かが知っている。不正・悪事はいつかは必ず露顕するものだということ。──【故事俗信ことわ ざ大辞典】 「毛吹草」に「天しる地しるわれしる人しる」とある。(講談・安中草三郎「然るに物事は天知る地知る人知るとたとへにもれず、何時しか尾崎家の一件は家老の耳に這入つたが」)《い》講談:山中鹿之助妲己のお百

【天地の間に人の踏む所を行く】てんちのあいだにひとのふむところをゆく)(講談・梁川庄八「生みの母親に至孝、蔭日向なく働いて、天地の間に人の踏む所を行けばよい」)

【天道は直きを助けたもう(正しき道を照らし給う)】(てんどうはなおきをたすけたもう)「天道は善に与す」天道は善人に幸福を与える。「天道誠を照らす」天は人間の誠意をそのままにしておかず、いつか必ず衆目の認めるところとしてくれる。──【故事俗信ことわざ大辞典】(講談・三村次郎左衛門「しかるに、清貧を苦にいたさず、貧しき営みをいたして日を過しておるうち、天道は直きを助けたもうか、再び帰参の時節到来」)講談:伊賀の水月、荒木又右衛門

【天道人を殺さず】てんどうひとをころさず)天の慈悲広大なるをいう。──【諺語大辞典】 「毛吹草」にもある。(落語・梅若礼三郎「天道人を殺さずで、どうかビクビクやっていれば結構なんで」)《い》落語:湯屋番 講談:安中草三郎、藪原検校

【天に口なし、人を以て言わしむる】てんにくちなし、ひとをもっていわしむる)天には口がないから何も言いはしないが、その意志は人の口を通じて代わって世に伝わる。世評が多く真実を伝えるものであるということ。民の声は神の声。──【故事俗信ことわざ大辞典】(講談・猿飛佐助「天に口なし人を以て言わしむ。何か手掛かりはあるまいかと窺っていた穴山海野の両人は、これを聞くと等しく、バラバラとその場へ躍り出で」)落語:紙入れ 講談:梁川庄八、猿飛佐助、塚原ト伝国定忠治、吉良屋敷替え 実録:おこよ源三郎

【天に風雨の禍れば、地に震動の憂いあり】てんにふううのわざわいあれば、ちにしんどうのうれいあり) 「天に風雨の憂いあり、人には不時の災難あり」いつ起こるかわからない自然の災害への心配があるように、人もいつ受けるかわからない思いがけない災難(病 気)がある。災難はまぬがれがたいというたとえ。──【故事俗信ことわざ大辞典】「天に風雨の禍あり、地に震災の憂いあり」とも。(講談・勝田新左衛門: 「然るに天に風雲の災ひあり、地に震動の變は免れぬもの」)講談:寛永三馬術安政三組盃、鎌倉星月夜

【天に向かって唾する】てんにむかってつばする)「仰イデ唾ハク」みずから禍を招く喩。──【諺語大辞典】(講談・猿飛佐助「ヤヨ五郎兵衛、天に向かって唾するとはこのことだ」)

【天人の憂うるときは玉冠もしぼむ】てんにんのうれうるときはたまかむりもしぼむ)(落語・羽衣「地にまた住めば下界なる人の汚れを受けねばならず、天人の憂うるときは玉冠(たまかむり)もしぼむとかや」)

【天の時は地の理(利)に如かず(、地の理は人の和に如かず)】(てんのときはちのりにしかず)「孟子」より。どんなに天与の時とはいっても地理的条件の有利さには及ばず、また、どんな地理的有利さも人心の一致にはかなわない。事を成すにあたっては人の和が第一である。──【故事俗信ことわざ大辞典】(講談・紀伊国屋文左衛門「天の時は地の理に如かず、地の理は人の和に如かず、どんな偉い人物でも地の理を選んでかゝらなければ宜い仕事は出來ませぬ」)講談:伊賀の水月

【天の作せる災は猶避く可し、自ら作せる禍は避く可からず】てんのなせるわざわいはさくべし、みずからなせるわざわいはさくべからず)天災地変は避けがたいものだとはいっても用意如何によっては避けることもできようが、自らのまねいた災いについては逃れるすべがない。──【故事俗信ことわざ大辞典】(講談・百猫伝「天の作せる災は猶避く可し、自ら作せる禍は避可らず、人盛にして天に勝ち、天定て人に勝と宜なる哉姦夫淫婦は、一時は残毒を恣に為る共、如何か終を全ふせんや」)

【天は照々として誠を照らす】てんはしょうしょうとしてまことをてらす)「天は誠の鏡」天は人の誠を正しく照らし出す鏡のようなものである。──【故事俗信ことわざ大辞典】 「天道は直きを助けたもう」に同じ。(講談・岩見重太郎「たとえ今日取り逃すとも、天昭々として誠を照す、邪は正に勝たずの道理」)落語:牡丹燈籠 講談:寛永三馬術、荒木又右衛門、大久保彦左衛門、岩見重太郎

【天は無禄の民を生まず】てんはむろくのたみをうまず)「天に禄無き人は生ぜず地に根無き草は生ぜず」地に生える草 に根のないものはないように、この世に人として生まれて、生きる糧を得られないものはない。人には何かしら生活の道が備わっているものだというたとえ。 ──【故事俗信ことわざ大辞典】(講談・寛永三馬術「それでも天は無禄の民を生まずと云ふではないか」)

【天網恢々、粗(疎)にして漏らさず】てんもうかいかい、そにしてもらさず)「老子」より。天の網は広大にして、その目あらきが如くなれども、善悪の応報それぞれ免るべからざるをいう。──【諺語大辞典】(落語・高田の馬場「アイヤ天網恢々疎にして洩らさず」)落語:八百屋お七、かつぎや 講談:寺坂吉右衛門、天保六花撰、百猫伝、鋳掛松

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